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ふくいブランド > 健康長寿ふくい「福井の食」

食

『食育』のさきがけ、福井県。

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自分で自分の健康を守り、健全で豊かな食生活を送るための能力を高める『食育』。この言葉を日本で使い始めたのは、福井市子安町で生まれた石塚左玄(いしづかさげん)という医師です。彼は、『科学的食養長寿論』の中で「地方に先祖代々伝わってきた伝統的食生活にはそれぞれ意味があり、その土地に行ったらその土地の食生活に学ぶべきである」という『身土不二(しんどふじ)』の原理を発表。今から百年以上も前に、食の栄養、安全、選び方や組み合わせ方の知識と、それに基づく食生活が心身共に健やかな人間をつくるという教育=「食育」を唱えていたのです。

石塚左玄(いしづかさげん)

石塚左玄

1851~1909
幕末、福井藩に生まれる。食を通じた予防と治療を説く「科学的食養長寿論」を発表し、食養医学の基礎を築く。
写真:「食医石塚左玄の食べもの健康法」(農山漁村文化協会)より

長寿の秘訣を伝承する。

 また、福井県は石塚左玄の他にも、多くの名医を生みだしています。西洋の医学書「ターヘル・アナトミア」を翻訳した『解体新書』で知られる杉田玄白は、小浜藩医として活躍した福井出身の人物です。彼は85歳という当時としては大変な長寿をまっとうし、医業のかたわら多くの著作を残しました。そのひとつ『養生七不可(ようじょうしちふか)』には健康長寿ためにやってはいけないことが書き記されており、健康と長寿の秘訣を後世の人々に残してくれました。
 彼が生まれた小浜藩の江戸屋敷は、現在、東京都新宿区矢来公園になっており、玄白の生誕地として小浜藩邸跡を示す記念碑が立っています。また、東京都荒川区回向院には、玄白が解体新書を著したことを記念した観臓記念碑が設けられています。

杉田玄白(すぎたげんぱく)

杉田玄白

1733~1817
祖父の代から続く、小浜藩の藩医。日本の近代医学の出発点とも言える「解体新書」の翻訳などで知られる。
写真:「NHKにんげん日本史/杉田玄白」(理論社)より

福の心を未来に受け継いで。

 江戸時代の寺子屋では、生徒に「福」の文字を、次のように教えていたといいます。「“福”という文字は“一口田ネ(ひとくちだね)”と読めます。一口の幸福に感謝し、よく噛みしめ、深く味わって食べましょう」
 …このように、食育の精神を表すような“福”を持つ福井県には、遥か江戸時代の昔から食を通した健康づくりの精神が根づいているのです。その証のひとつが、全国トップクラスの平均寿命にあらわれているのでしょう。

豆知識健康長寿のヒント、「養生七不可」。

 杉田玄白が書き残した「養生七不可」。その内容を現代風に言い換えると、

  1. 一、昨日の失敗は後悔しない
  2. 二、明日のことは心配しない
  3. 三、食べるのも飲むのも度を過ぎない
  4. 四、変わった食べ物は食べない
  5. 五、何でもないのにむやみに薬を飲まない
  6. 六、元気だからといって無理をしない
  7. 七、楽をせず、適当に運動を

…ということになります。
どうやら健康で長生きする秘訣は、今も昔もあまり変わらないようです。