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ふくいブランド > 健康長寿ふくい「福井の歴史」

歴史

戦国大名朝倉氏一族の夢の跡。

朝倉氏遺跡

 一乗谷朝倉氏遺跡は、戦国大名朝倉氏一族が五代103年に渡って支配した城下町跡です。約278ヘクタールという広大な敷地には、当時の館跡や庭園をはじめ、日本で唯一の町並みとして復原された町屋などが点在し、全国でも貴重な中世城館跡として国の特別史跡に指定されています。
 敷地内には、朝倉義景館跡庭園、湯殿跡庭園、諏訪館跡庭園、南陽寺跡庭園があり、それらを総称した一乗谷朝倉氏庭園は、平成3年に国の特別名勝に指定されています。平成19年3月には、約2300点の出土品が一括して重要文化財に指定されました。ちなみに、国の特別史跡、特別名勝、重要文化財のトリプル指定は、金閣寺、銀閣寺、醍醐寺に次ぐ4例目の快挙です。近くには一乗谷朝倉氏遺跡資料館があり、遺跡から出土した武具類、生活用品など、数多くの歴史資料を展示。軍事、政治、文化に優れ、国盗りの機会に恵まれながらも果たすことのできなかった朝倉氏の歴史ロマンを感じさせてくれます。
 こうした遺跡のほとんどが破壊されずにほぼ完全なカタチで残っているのは、朝倉氏滅亡後、越前支配の中心が現在の福井市の中心部に移ったためだそうです。

朝倉氏に仕えた明智光秀。

 戦国大名と言えば織田信長の名前が真っ先に浮かびますが、織田信長を襲撃した明智光秀が実は福井と深い関わりがあったことはあまり知られていません。
朝倉義景の時代に、明智光秀は朝倉氏に仕官していて、その屋敷もこの地にあったと言われています。今では、その跡は明智神社として大事に保存されています。
 光秀の死後から今日まで、三軒の農家が「逆臣」といわれた光秀を、世間をはばかりながら祀り続けてきたこの話は、最近になって全国に知られるようになりました。

丸岡城

丸岡城

春には400本の桜の霞がかかる、柴田勝家の甥勝豊が築城した古城。

犬山城と並ぶ日本最古の城、丸岡城。別名「霞が城」と呼ばれ、戦いが始まると城に棲む大蛇が霞を吐いて城を隠してしまうという伝説があります。また、徳川家康の家臣本多作左衛門重次による「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」という最も短い手紙文を刻んだ碑(「お仙」とは、後の丸岡城主本多成重(幼名仙千代))にちなみ、手紙文化の発信地として丸岡町(現坂井市)が「日本一短い手紙」を募集したところ、大反響を得ています。

平泉寺(へいせんじ)

平泉寺

白山信仰の拠点、発掘が進む中世の巨大宗教都市史跡。

717年、泰澄によって創建されたとされる勝山市の平泉寺白山神社。広大な境内に密生する苔の絨毯は京都西芳寺(苔寺)の庭園と並び称されるほどです。また、源義経が東北に逃れる際に立ち寄ったとされています。一向一揆で焼き払われる前は「平泉寺六千坊」と呼ばれるほど、南谷に3600、北谷には2400の坊院が存在したとされ、近年、古絵図に描かれた通りの位置から建物や道路・塀の遺構が発見され全国から注目を集めています。

福井県立歴史博物館

レトロな風情あふれる空間で、タイムトリップを楽しもう。

福井の「モノとモノづくりの歴史」をテーマにした歴史ゾーンや、昭和30~40年代の町並みや農家を再現したトピックゾーン「昭和のくらし」など、ユニークな展示を行う福井県立歴史博物館。照明なども工夫され、平成15年には照明学会から「2003優秀照明賞」を受賞。福井の歴史や文化の魅力に触れる場所、懐かしい思い出に出会い元気をもらう場所として、広く親しまれています。
■お問い合わせ:(電話)0776-22-4675

福井市立郷土歴史博物館

江戸から明治、近代都市へ、福井の激動の歴史をひもとく。

昭和28年足羽山に開館した福井市立郷土歴史博物館が、平成16年に越前松平家の別邸であった「養浩館庭園(旧御泉水屋敷)」に隣接する場所に新築移転。「ふくいのあゆみ」「古代のふくい」「城下町と近代都市」「幕末維新の人物」の4つのテーマに基づいて解説し、地元の人が地域の歴史に目を向けるきっかけを提供しています。
■お問い合わせ:(電話)0776-21-0489

若狭三方縄文博物館

鳥浜貝塚が物語る縄文人の暮らしに、静かに耳を傾ける。

若狭三方縄文博物館では、地元鳥浜貝塚の紹介をはじめ、様々な角度から縄文を見つめる展示を実施。また、土器づくりなどの手づくり講座をはじめ、鳥浜貝塚から出土した日本最古級の丸木舟をもとに作った丸木舟の乗船体験なども開講。展示や体験を通して自然と共に生きた縄文時代の暮らしや精神を感じることで、自然や人、モノを大切にする心を育てています。
■お問い合わせ:(電話)0770-45-2270