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ふくいブランド > 健康長寿ふくい「福井の歴史」

歴史

福井県のアニバーサリー歴史年表

暦年生没、出来事等周年発生年
2007
(H19)
継体大王、即位 1500年 507
泰澄大師、白山開山 1290年 717
足利義昭、明智光秀とともに一乗谷に移住 440年 1567
昭和文壇を代表する作家 高見順、生まれる 100年 1907
2008
(H20)
新田義貞、越前で戦死 670年 1338
象が小浜に来航 600年 1408
鯖江藩主 間部詮勝、老中就任 150年 1858
由利公正、五箇条の御誓文起草 140年 1868
県人総理 岡田啓介、生まれる 140年 1868
地震学の草分け 大森房吉、生まれる 140年 1868
石塚左玄、「通俗食物養生法」著述 110年 1898
作曲家 今川節、生まれる 100年 1908
児童画家 いわさきちひろ、生まれる 90年 1918
2009
(H21)
大谷吉継、敦賀に入る 420年 1589
松尾芭蕉、奥の細道(福井・敦賀)を訪問 320年 1689
幕末の福井藩を指導した横井小楠、生まれる 200年 1809
幕末の志士 橋本左内、没 150年 1859
幕末の志士 梅田雲浜、没 150年 1859
悲恋女流歌人 山川登美子、生まれる 130年 0879
2010
(H22)
京極高次(正室は常高院)、若狭小浜に入る 410年 1600
三国を愛した詩人 三好達治、生まれる 110年 1900
佐久間勉艦長、殉死 100年 1910
2011
(H23)
朝倉孝景、越前守護となる 540年 1471
蓮如、吉崎に坊舎を建立 540年 1471
結城秀康、越前に入る 410年 1601
自由民権運動で活躍 杉田定一、生まれる 160年 1851
由利公正、東京府知事就任 140年 1871
2012
(H24)
義民 松木庄左衛門、没 360年 1652
幕末の歌人 橘曙覧、生まれる 200年 1812
明治の美術界の指導者 岡倉天心、生まれる 150年 1862
松平春嶽、政事総裁職就任 150年 1862
批判精神信念の文学 中野重治、生まれる 110年 1902
2013
(H25)
柴田勝家、お市の方とともに自害 430年 1583
日本のシェークスピア 近松門左衛門、生まれる 360年 1653
2014
(H26)
道元 大仏寺(永平寺の前身)建立 770年 1244
酒井忠勝、小浜に入る 380年 1634
治水の先駆者 行方久兵衛、浦見川を切り開く 350年 1664
杉田玄白 解体新書出版 240年 1774
魯迅が敬慕した藤野厳九郎、生まれる 140年 1874
あわら温泉開湯 130年 1884
2015
(H27)
柴田勝家、越前に入る 440年 1575
前田利家、府中(越前市)に入る 440年 1575
幕末の海外留学生 日下部太郎、生まれる 170年 1845
福井藩校 明道館(のちの明新館)、開校 160年 1855
水戸天狗党(武田耕雲斎ら)敦賀で処刑 150年 1865
婦人運動の道を切り開いた 奥むめお、生まれる 120年 1895
福井県での眼鏡製造開始 110年 1905
2016
(H28)
坂上田村麻呂、明通寺創建(伝) 1210年 806
紫式部、府中(越前市)に移住 1020年 996
丸岡城、築城 440年 1576
福井城、築城 410年 1606
若狭出身で桂小五郎の妻 幾松(木戸松子)、没 130年 1886
岡倉天心、「茶の本」ニューヨークで出版 110年 1906
コシヒカリ、誕生 60年 1956

継体大王(けいたいだいおう)

継体大王

【5世紀中ごろ~531】
母方の実家のある越前の高向(たかむく、現在の坂井市)で育ち、越の国・福井の地を本拠として活躍。治水事業の実施や笏谷石・越前漆器の始祖など、その業績はいくつもの伝説として残っています。507年に樟葉宮(現在の枚方市)で即位、平成19年が1500周年にあたります。在位中には北九州で起こった磐井の乱の平定や朝鮮半島との外交に力を発揮。推古天皇の祖父、聖徳太子の曽祖父にあたります。

松平春嶽(まつだいらしゅんがく)

松平春嶽

【1828~1890】
福井藩16代藩主、松平慶永。幕末の福井藩の財政復興や人材育成に努め藩制改革を推進。国政においても、15代将軍徳川慶喜の補佐として幕末の改革に尽くすなど、その中心を担い「幕末の四賢候」に数えられました。明治維新後も議定、大学別当などを歴任しました。

由利公正(ゆりこうせい)

由利公正

【1829~1909】
幕末・明治期の政治家(福井藩士)。福井藩政の改革に努力。維新後は坂本竜馬の遺言により新政府の参与となり「五箇条の御誓文」の起草にあたりました。県では、平成17年にこの起草案を入手し、現在、県立図書館に所蔵、学校の授業でも活用しています。また、最初の政府紙幣である大政官札を発行して、新政府の財政危機を救いました。東京府知事に就任し、銀座通りの整備を行ったことでも知られています。

岡倉天心(おかくらてんしん)

岡倉天心

【1862~1913】
明治・大正期の美術指導者。福井藩士岡倉勘右衛門の二男。アメリカの東洋美術史家フェノロサの日本美術研究所を手伝った天心は、1890年東京美術学校(現東京芸術大学)の校長に就任、横山大観や菱田春草などに大きな影響を与えました。また、「日本美術院」を創設し、近代日本画の創造に尽力すると共に、渡米して「茶の本」などの英文著作により東洋文化の紹介に努めました。

橋本左内(はしもとさない)

橋本左内

【1834~1859】
幕末の福井藩士。15歳のとき著した「啓発録」が有名。大坂の緒方洪庵に師事して蘭学(医学)を学びました。藩主春嶽の命により、国政においても世界的視野を持って外交問題や将軍継嗣問題で活躍しましたが、春嶽と対立した大老井伊直弼の弾圧(安政の大獄)により26歳の若さで死罪に処せられました。

梅田雲浜(うめだうんぴん)

梅田雲浜

【1815~1859】
幕末の小浜藩士。朱子学を学び、藩政や海防策に関して藩主にたびたび意見したため、小浜藩を除籍され浪人に。生活困難ながら、尊皇攘夷を唱え、志士の指導者となって、吉田松陰らと攘夷のために奔走。このため、安政の大獄で逮捕され獄中で病死しました。貧しいなか妻子を失いながら志に生きた一生は有名です。

道元(どうげん)

【1200~1253】
曹洞宗を開いた鎌倉時代の僧侶で、永平寺の開祖。宋(中国)で禅を学び帰国後、1243年に越前に入り、「正法眼蔵」の著述などを行いました。

新田義貞(にったよしさだ)

【1301~1338】
南北朝時代の武将。南朝(後醍醐天皇)について足利尊氏と対立。越前平野での壮絶な戦いにより、現在の新田塚で戦士したと言われています。

蓮如(れんにょ)

【1415~1499】
浄土真宗本願寺派の僧侶で第8世宗主。本願寺を興隆した中興の祖。1471年越前におもむき、吉崎(あわら市)を布教の本拠としました。

柴田勝家(しばたかついえ)

【?~1583】
織田信長に仕えた有力な武将。北の庄に居城を築き、越前を支配。信長の死後、羽柴(豊臣)秀吉との戦いに敗れ、お市の方と共に北の庄城で自害しました。

結城秀康(ゆうきひでやす)

【1574~1607】
福井藩初代藩主。徳川家康の二男として生まれる。関が原の戦いの恩賞として越前一国68万石を与えられ福井藩が成立。2代将軍徳川秀忠の異母兄にあたり、大名としては別格の処遇を受けました。

橘曙覧(たちばなあけみ)

【1812~1868】
クリントン大統領(当時)や小泉元首相らが引用した「たのしみは・・・」ではじまる「独学吟」の連作で知られる幕末の歌人・国学者。福井での隠棲生活の中、作歌を続け、没後、正岡子規にも絶賛されました。

佐久間 勉(さくまつとむ)

【1879~1910】
旧海軍の第六号潜水艇艇長。現在の若狭町生まれ。瀬戸内海で訓練中に艇が沈没し殉職。死の直前に書かれた遺書の沈着冷静さは、全艇員がその持ち場についたまま絶命していたことと相まって、世界中の感動を呼びました。

山川登美子(やまかわとみこ)

【1879~1909】
現在の小浜市生まれ。与謝野晶子と並んで「明星」初期の女流歌人として、浪漫主義短歌の進展に大きく貢献。与謝野鉄幹への恋をあきらめ、悲恋の歌を残し、短い生涯を終えました。

高見 順(たかみじゅん)

【1907~1965】
昭和文壇を代表する小説家、詩人。三国(坂井市)生まれ。日本近代文学館の創立に尽力しました。「故旧忘れ得べき」「激流」「死の淵より」など多くの作品を執筆。

今川 節(いまがわせつ)

【1908~1934】
丸岡(坂井市)生まれの作曲家。「ペチカ」「ちょうちょ」をはじめ約260曲の楽曲を残す。将来を嘱望されながらも、25歳の若さで病死しました。

紫式部(むらさきしきぶ)

【973?~1014?】
「源氏物語」の作者。歌人、物語作家。父藤原為時の越前守任命に伴い越前国府(現在の越前市)に入り、約1年数か月を越前で暮らしました。

近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)

【1653~1724】
「曽根崎心中」や「国性爺合戦」などの作品で知られる、浄瑠璃・歌舞伎作者。父は吉江藩士杉森信義で、多感な幼少期を吉江(現在の鯖江)で過ごしました。