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二条院讃岐(にじょういんさぬき)の「沖の石」
斉藤実盛の墓・生誕地の碑(さいとうさねもりのはか・せいたんちのひ)
 二条天皇と後鳥羽院中宮に仕えた歌人・二条院讃岐が、田烏の西側五所平から臨んだこの沖の石に、自らの悲恋を託したといわれています。
 
 桓武天皇の皇孫である平頼盛の長男・平保盛が鎌倉時代に開いた寺院。庫裏の南側に位置する枯山水庭園は国の文化財にも指定されている。
 
平家一門の福井の逸話

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 源平合戦で活躍した武将・斉藤実盛は越前国の生まれで、鯖江市南井町の文殊山には実盛生誕の碑と墓がある。実盛は最後は平家方につき、加賀国篠原の戦いで手塚光盛に討ち取られる。 
小松重盛塚(こまつしげもりづか)

越前市五分市町11-26 
TEL:0778-27-1773

2012年の大河ドラマは「平清盛」。
平家と源氏による壮絶な勢力争いは、約100年にわたって繰り広げられました。
政争、合戦、権力と武力、様々な対立の構図を持つ源平合戦。
屋島や壇ノ浦など、物語の舞台として思い浮かぶのは西国諸国ですが、
実は福井にも平家一門ゆかりの地がいくつか存在します。
絶世を極めた平家栄華の名残を求めて・・・福井の歴史の地を訪れてみてください。

参考:越前守 (出典:福井県史)

小浜市北部 若狭湾中 
TEL:0770-53-1111
(小浜市産業部観光交流課)

 年号  出来事
 1120年(保安1年)  清盛の父・忠盛が越前守に任ぜられる
 1160年(永暦1年)  基盛が越前守に任ぜられる
 1163年(長寛1年)  保盛が越前守に任ぜられる 
 1166年(仁安1年)   資盛が越前守に任ぜられる
 1171年(了安1年)   資盛が越前守を重任
 1176年(安元2年)   通盛が越前守に任ぜられる
平家出身の越前守 年表
 平清盛の嫡男・平重盛ゆかりの人物が、山城国から落ちのびて、現在のおおい町名田庄納田終の小松集落に永住したという説がある。南川砂防ダムの側には、小松重盛塚の祠がある。 
 平清盛に寵愛された白拍子・衹王は、仏御前が現れたことで清盛の元を去った。
一説によると、尼となった衹王とその妹・衹女、そして母・とじの3人は、福井市三郎丸に移り住み、後に仏御前も同居したといわれている。
 
衹王女屋敷跡(ぎおうぎじょやしきあと)
城福寺(じょうふくじ)

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