北庄城へ向かう交通の要所であるこの橋は柴田勝家の命により、南半分を石で北半分を木で造られた半石半木の橋でした。
 お市の方や三姉妹もきっとこの橋を渡ったことでしょう。

九十九橋(足羽川)(つくもばし(あすわがわ))

神宮寺(じんぐうじ)(小浜市)

 柴田勝家とお市の方の菩提寺。勝家公資料館や勝家とお市の墓もあります。

西光寺(さいこうじ)

柴田勝家ゆかりのおすすめルート<敦賀〜福井〜坂井>

結城秀康(松平秀康)ゆかりのおすすめルート<福井〜鯖江>

 秀吉と雌雄を決する賤ヶ岳の合戦の際に、勝家が本陣を構えた城。北陸街道と刀根越を同時に抑える要衡。

 越前松平家の居城で、築城の際の縄張りは徳川家康が行いました。
 石垣には福井の名石、笏谷石が使われ、天守台を含め高さ40mを誇り、68万石の大国にふさわしく、城下町も国内有数の大都市だったそうです。 現在、城址内には結城秀康の石像が立っています。

玄蕃尾城跡(げんばおじょうあと)(敦賀市)
福井城址(ふくいじょうし)(福井市)

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 勝家の甥である勝豊が築城.現存する最古の天守閣。

養浩館(ようこうかん)(福井市)

私たちの銅像も
  ありますよ!

(3)織田信長ゆかりのおすすめルート<敦賀〜越前〜福井>

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一乗谷城跡(いちじょうだにじょうあと)(福井市)

織田信長ゆかりのおすすめルート<敦賀〜越前〜福井>

忠直卿墓所(ただなおきょうぼしょ)(鯖江市)

 お水送りの地として知られる「神宮寺」は、若狭武田氏の祈願所で、一時期元明・龍子が陰棲した地。この地で龍子は2男1女をもうけたとされています。

 織田家が代々神官を務める神社。.信長自身も氏神の社として崇敬・保護していました。
 本殿は県の指定文化財に、梵鐘は国宝に指定されています。

丸岡城(まるおかじょう)(坂井市)
(4)初(常高院)ゆかりのおすすめルート<小浜>

 豊臣秀吉の側室となった龍子(松の丸)の祈願寺。本尊は秘仏ですが、平成23年秋に御開帳される予定です。

 戦国時代、越前を支配した戦国大名朝倉家の居城跡。浅井朝倉連合の元、信長と争います。
 現在は、一乗谷朝倉氏遺跡として人気スポットとなっています。

  後瀬山城跡(小浜市)    神宮寺(小浜市)    弘誓寺(若狭町)

  初(常高院)の夫である京極高次の姉である京極龍子。若狭武田氏の武田元明のもとへ嫁
 ぎ、後に秀吉の側室「松の丸」となります。

秀康の子で第2代福井藩主である忠直。忠直の正室は、徳川秀忠と江の娘である勝姫です。

愛宕神社(あたごじんじゃ)
  金ヶ崎城跡(敦賀市)    劔神社(越前町)    一乗谷遺跡(福井市)

  戦国の覇者といわれる信長をはじめとする織田家は、越前町織田の発祥。戦乱の世を駆け
 抜けた風雲児と福井のゆかりをご紹介します。
  玄蕃尾城跡(敦賀市)    北庄城址(福井市)    丸岡城(坂井市)

  織田家臣団随一の猛将を謳われた「柴田勝家」.。一乗谷朝倉氏一族の滅亡後、越前の一
 向一揆を平定し、信長により越前49万国の大国と北庄城が与えられました。
  なお、柴田勝家の甥の勝豊が築城した丸岡城は現存する最古の天守閣といわれています。
  福井城址(福井市)    養浩館(福井市)    忠直卿墓所(鯖江市)

  関ヶ原の合戦ののち、大国越前を治めたのは徳川家康の二男結城秀康(松平秀康)。勝家
 の北庄城の北に福井城を築き、徳川御三家に次ぐ家格を有し、幕末期の英傑を生む土壌を
 育みます。

  北庄城址(柴田神社)    九十九橋(足羽川)    西光寺

  信長の妹「お市の方」。戦国の覇者の血を引く絶世の美女は、「江」「初」「茶々」の三姉妹を
 連れて、越前北庄の柴田勝家のもとへ。江は福井の地で、はじめて家族との幸せな時間を過
 ごします。
  しかし、その幸せは長くは続かなかったのです・・・。

京極龍子(松の丸)ゆかりのおすすめルート<小浜〜若狭>

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  常高寺    愛宕神社    小浜城址

  お市の方の娘「初(常高院)」は、小浜の名門京極高次のものへ嫁ぎます。小浜を心から愛し
 た初(常高院)は、自身の墓は小浜の常高寺とすること、京極家が将来国替えになっても、小浜
 の地から移らないことを願ったそうです。
江のゆかり福井県 おすすめルート

私たちの銅像も
  ありますよ!

金ヶ崎城跡(かねがさきじょうあと)(敦賀市)

北庄城址(柴田神社)(きたのしょうじょうし(しばたじんじゃ))

お市の方と三姉妹ゆかりのおすすめルート<福井>

初(常高院)ゆかりのおすすめルート<小浜>

(1)お市の方と三姉妹ゆかりのおすすめルート<福井>

(2)柴田勝家ゆかりのおすすめルート<敦賀〜福井〜坂井>

弘誓寺(ぐぜいじ)(若狭町)

 江の娘で初(常高院)の養女となった初姫が費用を寄進した神社。初(常高院)所有の「絹本著色地蔵十王図」が奉納されています。

(5)京極龍子(松の丸)ゆかりのおすすめルート<小浜〜若狭>

小浜城址(おばまじょうし)

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(6)結城秀康(松平秀康)ゆかりのおすすめルート<福井〜鯖江>

 初の夫である京極高次が築城に取り掛かった城。風光明媚な小浜湾に面し、清流・北川と南川の河口に位置する要害にあります。

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5/29(日) 終了いたしました。
◆その他リンク
◆福井県関連リンク
◆推進協議会関連リンク

 越前松平家の元別邸で、「お泉水屋敷」と呼ばれていました。
 米国の日本庭園専門雑誌「SukiyaLiving(The Journal of Japanese Gardening)]で3位に選ばれています。

劔神社(つるぎじんじゃ)(越前町)

 織田信長が浅井・朝倉連合軍と戦った激戦の地。お市の方から兄の信長へ届けられた「小豆袋」のエピソードが伝わっています。
 現在は金ヶ崎宮となり、桜の名所として市民に親しまれています。

 勝家、お市の方と三姉妹の居城だった北庄城。勝家の主君である信長の安土城に勝るとも劣らない天下の名城。
 現在は、勝家を主祭神とし、お市の方を配祀する柴田神社となっています。境内には三姉妹をまつる三姉妹神社もあります。

 戦国時代の若狭を治めていたのは源氏の名門として知られる武田氏。第4代当主武田元明の元へ京極龍子が嫁ぎます。後瀬山城は若狭武田氏の居城です。

後瀬山城跡(のちせやまじょうあと)(小浜市)

 勝家、お市の方と三姉妹の居城だった北庄城。勝家の主君である信長の安土城に勝るとも劣らない天下の名城。
 現在は、勝家を主祭神とし、お市の方を配祀する柴田神社となっています。境内には三姉妹をまつる三姉妹神社もあります。

 初の発願によって建立された寺。初(常高院)は江戸で亡くなりますが、その後、侍女たちとともに常高寺で葬られます。
 初(常高院)の肖像画や自筆の消息、墓所などが残っています。

北庄城址(柴田神社)(きたのしょうじょうし(しばたじんじゃ))

常高寺(じょうこうじ)