福井の文化財

 
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 燈明寺畷新田義貞戦没伝説地 │ とうみょうじなわてにったよしさだせんぼつでんせつち │


燈明寺畷新田義貞戦歿伝説地

指定
種別 史跡
管理者 福井市
所在地 福井市新田塚町
指定年月日 大正13.12. 9
 

  「太平記」(巻20)によると、暦応元年(1338)、新田義貞は藤島城の救援に向かおうとして燈明寺畷付近で、足利方の黒丸城の斯波高経軍と遭遇し、乱戦の中戦死したという。明暦二年(1657)この付近の水田から偶然農夫がかぶとを掘り出し、当時の藩軍学者井原番右エ門が、これを新田義貞のものであると鑑定したことから、この地が義貞の戦没地とされるようになった。万治三年(1660)福井藩四代藩主松平光通(みつみち)は、「暦応元年閏七月二日 新田義貞戦死此所」と彫った石碑を建立、石玉垣をめぐらし、社殿様の覆舎を造った。このことから、この地は「新田塚」と呼ばれるようになった。  
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