近年、福井名物の「焼き鯖寿司」が全国的に大ブームになっています。一見、単純な寿司ですが、その味は絶妙で、飲食店の多くが採用するほどの人気商品です。
焼き鯖寿司の発祥は、どこの誰が?というと、実は福井県三国町の飲食店経営者、中本さんが生みの親です。「三国町の名物を作りたい」「福井の伝統料理である浜焼き鯖と寿司が好きだから」という2つの熱い思いで、焼き鯖寿司を試作。その後、試行錯誤を繰り返し、2000年5月にようやく完成し、地元の盛大な祭り「三国祭」でお披露目しました。ほど良く脂がのった浜焼き鯖に吟味された寿司飯。ごはんはもちろん、福井が生んだ美味しいお米「コシヒカリ」。その味の組み合わせと美味しさには、多くの人が驚きました。
もちろん焼き鯖寿司の登場はある日突然ではなく、歴史的背景も考えてみると興味深いものがあります。というのも、鯖と福井の関係は深く、特に若狭地方では御食国や鯖街道から分かるように、昔から日常的に鯖を食してきました。さらに奥越地方では「半夏生鯖」と呼ばれる丸焼きの鯖を、夏のスタミナ源として食べる習慣が今でも続いています。つまり米どころであり、鯖との深い関係を持つ福井において、中本さんが作り始めた焼き鯖寿司は、まさに福井の今と昔を融合させた素晴らしい発想だったのです。
焼き鯖寿司ブームは現在も進行中。福井県内の飲食店では人気の定番メニューの一つに数えられるほど。まさに名実ともに福井名物です。
| 仕掛け人 |
中本貴久さん |
中本さん自身、鯖の品質はもちろん、寿司飯となるお米、炊き方にも当然気をくばっています。
「2000年の発売以降、様々な焼き鯖寿司が登場してきて、私自身とても嬉しく思っています。それぞれに作り方も味も違いますが、まずは“焼き鯖寿司は福井が発祥であること、美味しいということ”を全国の皆さんに実感していただきたい。そして福井にもっと興味を持っていただければと考えています」 |
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“空弁”という流行語まで生んだ焼き鯖寿司は、ブームを超えていまやロングセラー商品となっています。ブームの影には、全員の結束力がありました。
焼き鯖寿司を全国区で「空弁(そらべん)」という流行語を生むまでにヒットさせたのは、空港内で商品を販売するJALグループのJALUX。別の商品の売り込みに来た福井県内の企業が、お土産として持ってきた「酢飯の上に浜焼き鯖が乗った寿司」を応対した業務課課長補佐の中井さんが「面白そう」と思ったのがきっかけ。
「最初に食べたときに、これはいけるかもしれないと思いました」と語るのは、株式会社JALUX 羽田空港支店課長の石井さん。BLUE SKY第1空港店の副店長でもあり、焼き鯖寿司の商品化にあたっての陰のキーマンです。真空パックにすることや、鯖を焼いたそのままではなく、きちんと一口大に整えた四角形にしたことなどは、石井課長からのリクエスト。「あと譲れなかったのは、1箱あたりの量と値段です」。長年、空港の売店で販売を行なってきた実体験に基づいた意見でした。最終的に大小の2種類が誕生しました。
「大きかったのは、企業の方の熱意です。開発期間がわずか2カ月ですんだのは、直して欲しいと依頼した後のレスポンスの早さが鍵でした」と石井課長。異例の早さで商品を開発、当初10個売れれば合格ラインも初日から売り切れ、少しずつ数を伸ばしていったとか。
最初にマスコミに登場したのは日本経済新聞。そこからは、一気に火がつき気がつけば、1年の間に広報が対応した取材の数は150本という脅威の数字でした。
今も順調に売れており、まだまだ、空弁では、焼き鯖寿司の時代が続きそうです。
| 仕掛け人 |
株式会社JALUX 羽田空港支店 課長
BLUE SKY 第1空港店
副店長
石井孝行さん |
中井さんは京都出身で昔から若狭の鯖寿司には馴染みが深く、親近感があったそうですが、一方の石井課長は江戸っ子。江戸っ子の石井課長の感覚が東京の人への販売ポイントとなったといえます。
「でも、支店長が朝5時のテレビにも快く出演してくれたりと、まわりの協力も大きかったですね。支店長は福井県勝山市出身ですし、ご縁があるんでしょうね(笑)」 |
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