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県内の継体大王ゆかりの地

南越前町

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熊野神社

 越前国名蹟考(※)によると、継体大王が熊野神社に参拝して休んでいた際、あたりでウグイスが良い声で鳴いたことから、この神社を「初音の宮」、またこの地を「鶯ノ関」と名付けられたと言われています。
※越前国名蹟考(えちぜんのくにめいせきこう)
江戸時代後期に、福井藩士である井上翼章(いのうえすけあきら)によって著された越前国の地理書

データ
  • 南越前町清水9-5
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太娘姫古墳

 南越前町大良(だいら)地区の西にある「三まい山」と呼ばれる山頂に方形台状墓があります。これは『越前国名蹟考』や『足羽社記』(江戸時代)によると、継体大王の孫娘で、茨田連小望関媛(まんだのむらじおもちのせきひめ)の娘である「茨田太娘皇女」(まんだのおおいらつめのひめみこ)の古墳だと言われています。

データ
  • 南越前町大良
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振媛神社

 この神社は羽太(はぶた)神社の境内社で、祭神は継体大王の母・振媛と、后妃・茨田連小望関媛の二人です。不思議なことに、この神社の住所が南越前町東大道字高向となっており、古文書にはこの神社のことが「高向宮とも申す」と紹介されています。

データ
  • 南越前町東大道26-14
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麻氣神社

 継体大王の后妃・麻績娘女(おみのいらつめ)が病気になった際、薬効がないのを憂い、奇玉饒速日命(くしたまにぎはやひのみこと)に平癒を祈念したところ、病が癒えたので社殿を造営したといわれています。
地名の「牧谷」の「麻気」は、麻績娘女の「麻」と病気の「気」から名付けられたと言われています。

データ
  • 南越前町牧谷54-19-1
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