
尾張連(おわりのむらじ)は尾張地方の首長として、伊勢湾を舞台とした海運・水運や美濃の良質な鉄鉱石産地を押さえるなど、この地域のみならず大和に対しても強い影響力を持っていました。継体大王は、尾張連草香(おわりのむらじくさか)の娘である目子媛(めのこひめ)を后として迎えることにより姻戚関係を築き、後ろ盾を広げていったものと考えられています。
味美二子山古墳(あじよしふたごやまこふん)
尾張地方では、後期古墳としては名古屋市熱田区の断夫山古墳に次いで2番目に大きい古墳で、盾形の周濠をもった墳長95mの前方後円墳で、昭和11年に国の史跡に指定されました。この古墳と断夫山(だんぷさん)古墳は、墳形や出土品が類似していることから、被葬者は何らかのつながりがあったと思われ、断夫山古墳を尾張連草香(おわりのむらじくさか)の墓、味美二子山古墳を、草香の娘である目子媛(めのこひめ)の墓とする説もあります。目子媛は継体大王の后の一人で、継体大王との間に生まれた2人の皇子は、その後、安閑(あんかん)大王、宣化(せんか)大王となっています。
平成3~4年に公園整備に伴う発掘調査が行われ、現周濠の外側に溝が確認されました。溝からは大量の埴輪や須恵器が出土。円筒埴輪をはじめ人物・馬形・家形などの形象埴輪や、高坏・器台・脚付四連坏・子持蓋付脚付壺などの特殊な形の須恵器が出土しています。出土の集中する箇所が墳丘造り出し部分の延長上にあたることからそこで何らかの祭祀が行われたようです。
二子山古墳の築造年代は、出土する埴輪や須恵器などから6世紀初頭(約1500年前)であると考えられています。
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- 春日井市二子町2-11-5・6 二子山公園内

- アクセス/城北線味美駅から徒歩10分。かすがいシティバス西部線・勝川線 二子山公園下車
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断夫山古墳(だんぷさんこふん)
断夫山古墳は、東海地方最大の前方後円墳で、全長151m、前方部の幅116m、高さ16.2m、後円部の径80m、高さ13mの規模を誇っています。熱田神宮公園の敷地も含めてかつては熱田神宮の管理下にありましたが、第二次大戦後に名古屋市の戦災復興事業に伴い借換地となり、1980年(昭和55年)に愛知県の所有となって現在に至っています。1987年(昭和62年)7月に国の史跡に指定されました。
現在は石垣で組まれ、区画された周濠をもちますが、現在のものは第二次大戦後に造られたもので、以前はより幅広い濠が巡らされ、墳丘の内外には円筒埴輪が配置されていたようです。
伝承では、日本武尊の妃宮簀姫(みやずひめ)の墓と伝えられていますが、5~6世紀に尾張に勢力を伸張していた尾張連草香の墓と考えられています。
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- 名古屋市熱田区神宮公園内

- アクセス/地下鉄名城線 神宮西駅下車 徒歩7分
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