| 福井県高等学校長協会での講話 |
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このページは、平成18年8月28日(月)にユアーズホテルフクイで行われた福井県高等学校長協会での講話をまとめたものです。
T 先生と夏休み
U 学校で実行できたこと
V 子供たちの変化
W 見直しのきっかけ
X 日本人の癖について
Y 人材の能力発揮
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去年は8月9日にお話させていただきました。今年の夏休みもまもなく終わりです。私の今日の話は、生徒の夏休み読書感想文のように思って聞いてもらえばよいと思います。
【T 先生と夏休み】
子供のころ、今頃というのはヒグラシやツクツクボウシの声を聞き、子供心にも「もののあわれ」というか、時間が過ぎるのが早いと思いました。夏休みの初めには、「これをやろう、こんなことをしたい」と思っていたことが、ほとんどできておらず、この時期には、忘れた宿題をあと数日でやるというのが毎年のことでした。今の季節になるとふと「昔はこんな気分でいたなあ」と思い出します。もう50年ほども前のことですが、たいへん反省の気分の高まる時期かと思います。
さて子供のころは自分のことばかり考えていて、「先生には夏休みがあるのだろうか」とか「先生はどうしているのか」ということには気が回りませんでした。高校の校長には実際上は夏休みがないようでして、学校へ行っておられるのはご苦労様です。
それでは校長はこの夏はどうだったのですかとご質問しても、あまり変わったご返事はいただけないですね。いろいろ忙しかったのだろうと思います。子供に何かあったら大変だ、大事がなくてよかった、しかしまだ数日残っているな、そんな気持ちかなと推測させていただいて、お話したいと思います。一方で補習などあるかもしれませんが、夏休みというのは基本的には子供が家にいるということですので、何となく先生の立場としては、緊張から少し開放された期間ではないかと思っております。これから新学期に備えなければなりません。校長先生の立場で秋からなすべきことなどを考えておられる時期かと思います。
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【U 学校で実行できたこと】
さて去年は校長先生に「夢を語ってほしい」と題して、夢を語ること、学校が全てではないこと、教育における夢とは何かということ、百年先のビジョンよりも今日のことをすべきということ、問題の核心に触れた行動をして欲しいということ、マンネリズムに陥ることなく教育を進めてほしいということ、などを申し上げたかと思います。
したがって私としては毎年違う話を考えて申し上げるよりも、昨年お聞きになった方々には、「その後日々の学校運営の中で何か実行しましたか」と質問をした方がよいのかもしれません。いかがでしょうか。実行できた計画がもしあったとしたら、何を実行されたのか少し考えていただきたい。もし実行できなかったとしたら、実行の仕組みに何か問題があったのでしょう。
教育というのは日進月歩ですから、毎日毎日そして各学期と、どんどん変わるものです。黙って待っていると進歩ではなくて退歩します。より頑張っておられる地域に比べると遅れることになります。去年も核心への行動ということを申し上げましたが、そういうことを念頭において、実行できることはやってほしいと思います。
次に、実は私自身にとっては、学校において何が起こっているのか、学校というのはよくわからない場所なのです。私は今こうして話していますが、ある程度想像しながら話しています。ですから皆さん方のこれからの課題として、できるだけ学校で何が起こっているのか、教育面で何に悩んでいるのか、何が解決の糸口なのかということを、「わかりやすく」世間に説明していただくことが非常に大事だと思います。
子供達は学校運営に関心を持つ立場ではありませんし外に向って話すこともありません。子供から正確でわかりやすい学校情報は出ないでしょう。親達も自分の子供には関心があるけれども、学校全体のことをそれほど考えていないかも知れません。では先生はどうだろうと思うのですが、現場で一生懸命やっておられて忙しい。そして何か課題がありますかと聞くと、「いろいろあるのです」と言うけれども、それでは何が課題かと聞くと、よく説明が聞けないのです。そういうことが甚だ多く、おそらく物事を明瞭に問題化するほど時間的な余裕もなく、また外に向って学校内のことを言っていいものか心配もあるのかも知れません。そういうことで、学校のことをよくわからないでお話をしているのが私の気持ちです。少しでもわかりやすく言っていただくと、学校が良くなると思いましたので申し上げます。毎年のように人も替わります。一度決められたことがそのまま残っているといいますか、そういう傾向があるのではないかと思っております。違っていたらあとで違うんだと言っていただければありがたいです。
それから、校長先生一人ひとりの数年間だけでは、物事が解決できないことが多いと思います。きっかけを掴み着手はした、あるいは前任の校長が一生懸命されたことの目途をつけた、幸いにして自分の代で日の目を見た、ということもあると思います。そうしたことを考えて仕事してもらわないといけないと思います。教育方針と言いますか、校長としてのプランの「継続性」を念頭に置いてほしいと思います。
この御盆に何日間か休みをいただきました。昔のギリシアとかローマとか、学校では習ったけれども、昔買ったが読んでいなかったような本を取り出してみました。そこで感じましたのは、ローマ帝国のローマ人についてです。この人たちはギリシア人ほどは才能はなかったと思います。ここで言う能力というのは、物事を学問的に考えることや、哲学・芸術の分野での能力です。そういう点では劣っていたと思います。しかし先人の事業を継続して、戦略的に何世代にも渡って、ローマの国としてやらなければならないことを、粘り強く迷うことなく継続実行した人々だったのだと思いました。これは意識した結果か、民族としてそういう性格をもっていたのかは、定かではありません。イタリアの小さな半島の中から、その当時の旧世界、グローバルな世界である地中海を制覇した。そして何百年にもわたって存続し、その影響は現代にも及んでいる。私はギリシアの方はそこまでの粘り強さはなかったかなと思いました。
皆さんの学校なり教育方針をどうするか。農林高校をどうするか、あるいは養護学校をどうするかという時に、先生達の考え方や業績が数年ごとに次々に生かされていくことが必要なのです。あっち行ったと思ったらこっち行ったとか、こういうことでは、福井県の教育の良さが発揮できないと思います。政策の継続性、粘り強さ、徹底ということに気をつけてほしい、夏休みの本を読んでそう思ったのが一つであります。
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【V 子供たちの変化】
本題に入ります。夏休みの読書感想の続きになります。ある新書を読みましたら、おもしろいことを研究している先生がおられました。65歳から80歳までは15年、80歳から95歳までも15年です。そして、最近は福祉や年金や介護の分野では、初めの方を前期高齢者、後の方を後期高齢者と呼びます。
それでは子供たちはどうかということなのです。前期こども、後期こどもと考えてはどうかと言うのです。その本によると、皆さんの教えている高校生は後期こどもの入口です。15歳ぐらいまでは前期こども、15歳から30歳前後までは後期こどもと言うそうです。これまでは高校を卒業したらそこで終わってしまうのですが、そうではなくて、高校を卒業してからが、まだ教育ということでしょう。これは校長先生にその仕事をやって下さいという意味ではないのです。例えばフリーターやニートといわれる子供たちにとっては、ゆっくり物事が進むでしょうから、すぐ雇用ということではなく、もっと教育も長い眼で見なければならないだろうということです。
いずれにしても長寿化により、人生が非常に長くなってきたということです。高度成長の時代をすぎて、年齢観に限っていえば、ゆったりした世の中になっている。一方で子供たちに対するリスク、例えば失業の問題。昔はリタイヤして後に体調がどうだという話であったわけですが、今は子供の時からもういろいろなリスクが現れているという時代になった。また30歳近くになってもまだ子供のようです。そういうことで、子供の後期こどもという発想があるようです。そんなことを頭に入れて高校の子供たちのことを考えてみると、少し何か「違う見方」が思い浮かぶだろうかと思い、このお話をしました。昔は家庭教育、学校教育、社会教育と区分があったのですが、それがもう重なってしまっていますね。高校生にも家庭教育がいるし、社会教育が並行しているでしょう。社会人になっても学校教育がまだ加わらなくてはならない現状です。かなり複雑な世の中になっているのではないかと思います。これが夏休みの読書感想その二です。
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【W 見直しのきっかけ】
次に数日前の夏休みの体験をもとに、二、三感想をお話しします。
ALTすなわち外国語指導助手の歓迎会に初めて出席して、特に感じたことを申し上げます。歓迎会ですから先輩から新人に対して歓迎のあいさつというのがありました。その中で、男女2人で歓迎のあいさつを英語と日本語でやっていたALTの諸君がいました。彼らは非常に一生懸命に、出席した人を面白く笑わそうとしている。あいさつをする場合に、ユーモアというかウイットというかジョークというか、自分たちの話す挨拶の言葉に特別関心を持っていると思ったのです。日本人はそんなことにはあまり関心を向けません。我々なら「ようこそ、新入生の皆さん、我々は全力で応援します」とか、「頑張ってください」とかそんな話になります。しかし外国人の先生たちは何かジョークやユーモアを一生懸命入れて、楽しんでもらおうとしゃべっていると感じたのです。つまり言葉によるコミュニケーションや表現に、非常に関心を持っている人達だと感じたことが一つです。
約30分ぐらい皆さんと話していましたが、熱心にしゃべっていました。懇談しながらは余り笑わない。我々日本人と違う、文化が違うと思いました。そういうことも福井の子供たちが外国人の先生に接して、何か感じてくれればいいと思いました。
また、私は途中で退席しましたが、騒いでいる途中で「皆さん知事がいなくなります」と言いますと、突然として急に静かになるのです。日本人同士ではそれほど急に静かにはならないものです。少しは隣と雑談したり、何となくざわついてシーンとなるものです。しかし、ALTの方たちは急に教会へ行ったような感じで対応します。我々にとっては極端な感じがするんですが、一種の社会性やマナーが日本人とだいぶ違うと思いました。日本人はその辺にいい加減なところがあって、正面で誰かが話していても2人で向こうの方でしゃべっている人がいたりするものですが、その辺が違うと思いました。
最後にALTの先生方に、「せっかくだから福井県の教育や英語の教育について、ここを直したいということがあったら言ってください」と聞いたのです。イギリス人の男女が2人おられました。共通に言うのは「小学生3、4年のころから英語を教えた方がいいのではないか」というものでした。子供の英語教育にはいろいろ議論があります。「あまりに早い英語教育は良くない、日本語の習得が先だ」と言う人もいますし、「台湾の中学校と同じく、現在のように中学校からで十分」と考える方もおられます。彼らは小学校の中学年から英語を教えた方がいいというのです。ALT制度で先生が福井にずっとこられて20年ぐらいになるんでしょうか、福井県は先進的ですよね。教育委員会では、彼らから福井の英語教育についての意見を聞いていてくれているのだろうか、と思いました。子供たちを教えている外国人たちの眼から見た意見を、もっと有効に使ったらよいのではと思いました。つまり英語教育においても直したり、良くすべきことがあったら、現場の新鮮な情報をとって大いに気をつけて制度を見直す「きっかけ」にしてほしい、という一例として申し上げるわけです。
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【X 日本人の癖について】
(知識と道徳)
お手元にメモを配っています。これは江戸時代の荻生徂徠の『政談』というところに、この文章がありましたのでまとめました。昔の言葉ですので、上だとか下だとか器量とか、多少時代的な表現になっております。皆さんはどちらかというと上に立つ人だと思いますから、参考にしてほしいと思います。
この徂徠は、享保の改革吉宗8代将軍のころの学者です。実はこの『政談』を読んでメモを作ったのではなく、別の本に徂徠のことが書いてあったから調べてもらったのです。別の本というのは、中国文学の吉川幸次郎さんという文化功労者です。吉川幸次郎全集は全20巻あり、その最後の方の巻を見て思ったことをこれから申し上げます。そこに儒学の話が載っており、荻生徂徠の『政談』という本はなかなか人事行政について参考になると言ったことが書いてありました。これを解説しても良いかと思っていたのですが、後ほど時間が余ったら解説することにしましょう。
さて吉川さんの随筆によりますと、儒学思想も含む日本の漢文の水準は、江戸・明治と高い水準であったが、大正の初めに至って社会の変化や西洋思想の影響もあり衰えてしまったようです。日露戦争で苦労された乃木将軍は、衰える前の人だという紹介がされております。こうした明治の元勲や有力な人物の後は、大いに衰えたということらしいのです。それと同時に、日本の政治がおかしくなったということが主張されています。つまり日本が変わってきた、政治の目的のために手段を選ばなくなったということです。日本は誕生したばかりであったが、日清・日露で非常に苦労して国難を乗り越えたが、それから後アジアが列強の支配を受け始めた時に、日本のとった態度や世界史的な役割が何かおかしくなってしまったということです。政治のバランスとか節度というものが、ここで喪失したのではないかということを言っておられます。
儒学というのは哲学、道徳、倫理的なものとしての儒学だけが独立しているのではなく、これに絶えず文学の世界が付随していたのが儒学の特色の一つのようです。
もう一つ、儒学は司馬遷の「史記」とか「資治通鑑」などの歴史・史学と一緒になって、中国でも日本でも代々伝わっていったということなのです。儒学・文学・史学が三位一体の形で学ばれて、三者が一緒になっていたということです。
文学といえば「もののあわれ」とか「おかし」とか人情、心情の分野です。歴史もまた理屈どおりには進みません。歴史においては善悪の理屈だけが通るものではありません。歴史の中にはやむにやまれぬいろいろな事柄が入っております。日本の歴史ももちろん同じです。そうしたことから一種の寛容性、倫理面でのゆとり、というものが儒学とその周辺に生まれてくる。しかし、明治から大正にかけ、そういう儒学の伝統が急になくなって、目的だけを追求することになったのではないかと言っています。
また江戸の儒学は武士道と深く関係していましたが、武士道の倫理の水準を、儒学の方から厳しくしたのではなくて、和らげたような役割を持ったのではないかと評価をしています。武士道は死ぬことと見つけたりとか、三歩下がって師の影を踏まずとか、極端な言い方をする部分があります。しかし儒学の方は武士道のそういう緊張とか偏狭とかを中和する作用を果たしたのでしょう。戦前では軍隊や外交がとかく言われますが、寛容や宥恕といったものが衰えて、こうした勢力が社会に悪く作用したのではないかと推測をされるわけです。しかし儒学の考えは問題もありまして、人間の善意、つまり人間は悪いことを基本的にしないという前提に、ものを考える傾向が非常に強い。悪に対する厳しい観察というものが少し欠けているという問題は残ったと書いてあります。
最近モラルや道徳の議論が言われますが、倫理・社会は高校では選択科目でしょうか。以上のようなことを考えますと、単に人に優しくとか思いやりとか、命を大切にとか、人を傷つけないとか、道徳の時間にそういう一般的なことだけを教えていても効果がないということが出てきます。多くの知識や歴史や文学などが子どもたちの頭の中に入り、また一定の体験などがないと、子供の心に本当に力強い中身のある道徳は生まれてこないという議論になると思ったのです。頭の中が空っぽな状況の中で道徳やモラルの話をしても、大した倫理感も生まれない。その前にできるだけ知識を広く教えなければならない、ということになると思いました。
(結果と途中)
物事には始点と終点がありますね。その途中にプロセス(過程)があるのですが、日本人の場合には中国人などと比べると終点に大きく関心がいき、途中のプロセスにはあまり関心がない。日本人にはこういう癖がどうもあると吉川さんは言うのです。
例を英語にとりますと、日本人は発音が下手でヒアリングが悪いらしいのですが、日本人は発音にはあまり関心が届かない。人が英語で話している時の発音は、しゃべっている最中ですから、発音はプロセスということになります。そこに関心を寄せないで、何を言っているのだろうと意味の方に関心が強くいってしまう。こうして発音はおろそかになり、聞下手ということになります。途中の余裕が保てないと、日本の学問全体も非常に余裕がなくなり、すぐに結論を急ぐ。
そのわりに日本人というのは結論を先に言わないで、最後にやっと反対なのか賛成なのかを言う。逆に中国や英米は結論を先に言っています。これは逆に結論はあまり重要ではないということでしょうか。だからポイと先に結論を言ってしまい、後はああでもないこうでもないということを言うのかもしれない、と私は勝手に想像します。
ですから日本では儒学などは理論が非常に抽象的になるというのです。すぐに観念で物事が考えられてしまって、具体性、実例などに欠けているということなのです。スポーツで言いますと、ともかく勝ちたい勝ちたいということになるでしょう。トーナメントでもとにかく優勝を目指すとか、補欠は多いけれど選手は少ないとか、そんないろいろなことに影響するのではないかと思ったりします。
(知識と行動)
もう一つは、知識と行動を一致させすぎるという「知行合一」癖についてです。知行合一論は東洋史などで習いましたが、日本人は知行合一過ぎるといいますか、何でも役に立つことにしか関心を持たない、無駄なものに関心を持たないようです。これは受験結果の一辺倒の考えに通じるかも知れないなど、いろいろなことに関係すると思うのです。すぐに役立ちそうにないとこれを軽視する。ですから学校でも時々は知行非合一をもっとやってほしいと思ってしまいます。
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【Y 人材の能力発揮】
(人材とシステム)
少し時間がありますので、先ほど配布した徂徠についての資料の話をします。【仕事と人】と最初に書いてありますが、これは現代的に言うと「人材とシステム」です。 (配布資料はこちらをクリックするとご覧いただけます)
システムの出来が悪くても、人材がよければまあまあ物事は成り立つけれども、人がよくないと、システムを立派に作ってもどうにもならないという趣旨です。人とは部下、担任の先生になるかもしれません。校長の皆さんからすると、何でも校長が自分で考えて実行してもきりがないということですね。一人の個人だけでできることは、たかが知れているので、皆でやった方がいい。あなただけで全てやっていると、あなたがいなくなった時に、誰もそれをやらないよ、と言うようなことが書いてあります。私もこれを我が身の上に照らして十分反省しないといけないように思います。
人材を選ぶ時には、外からの見かけや、自分のめがねが、最高だなんて思ってはいけませんよ、人の一切の行動をよく見てやるのですよ、といろいろなことがここに書いてあります。褒めないといけないよ。これは難しいですよね、すぐ文句を言ってしまう。参考にしていただきたいし、岩波文庫にある本のようですので機会があれば読んでほしいと思います。
(教師像)
あともう一つ。この夏、福原麟太郎さんという英語の先生の全集を借りました。この人は東京高師ですから今の筑波大学の先生と思っていただくといいと思います。岡倉天心の弟さん由三郎先生に英語を習った人なのですが、この方から厳しくしぼられたと書いてあります。「今日は天気だった」ではなく、「今日は天気であった」と和訳しないと怒られたそうです。「〜だった」とうっかり言うと、「そうではないの、そうではないの」としかられたそうです。日本語を大事にされたということなのです。
ここに教師という職業のことが書いてありました。昭和30年代のことですが、校長のイメージとして書いてあります。「時々昔の中学校の校長に見られ、会って話していると、駘蕩として穏やかで縹渺として温かで、しかもどこかに気骨がありしっかりしているこういう人には託せば安心という気がするのである」。そもそもそういう校長がなくてはならない、校長ばかりではないけれどもそういう先生を思い浮かべると書いてあります。そういう立派な校長先生のイメージです。こういう先生に教育してもらいたい。多くの学校にそういう先生がたくさんおられるならばそれは社会の幸福だろう、というように書いてありました。
それから「教師の一般的な、基本的な資質の一つは与える人であろう」。例えば夏目漱石は非常に変わった人だけれど、世話をよくするよい先生だったから弟子がたくさんいるのだということも書いてあります。教師と一般人について、「教師も柏餅を食べるし酒も飲むし。鼻もかむし、風邪もひくし、機嫌も悪いし、癇癪も起こすし、喧嘩もする。こういう人が先生であって、教師は教師だけであるという先生はろくなものでない」というようなことが書いてあります。なるほどと思いました。それからこの福原さんのお父さんは小学校の校長で、福原さんが生まれた時にもう若くして広島県のどこかの校長だったらしいです。そして55歳で学校が廃校になって退職されたそうです。その後、政治家、村長になったそうです。その時に「村長をやってみると、政治というものは男らしいと、学校は世間が狭いし女性的なところがある」と言っています。これは昔の話ですから表現も適切ではなく、内容も正しいかどうか皆さんで考えてみてほしいと思います。「教師はもっと自由で強靭で開拓的で勇気に富んでいる、そういう先生になってほしい」などと書いてあります。
それから、「日本の師範教育が残した多くの功績を認めないものではないが、一つ問題として警告を発言したい思い出がある。それはそういう先生が、使われる人・サーバントを作るのに熱心で、真に高邁な自由な強靭な開拓的精神とも教師を提供することが甚だ少なかったのではないか」という反省を述べているわけです。しかし、「最も難しい職の一つが教師だ」、「教師は労働者でなくて人間の心の司祭、神父のような仕事だ」というようなことも述べています。
また、日本人の英会話について、この福原先生からもよく似た話がここで出てきて、「会話が上手になりたければ英語の教師にならないことである」とこういうことまで書いてある。
それでは時間がまいりましたので、まとまらない話になりましたが、これで終わりたいと思います。
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