東京大学公共政策大学院講義 マニフェスト行政の未来〜その役割と課題〜 |
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平成18年12月21日、知事は、東京大学の公共政策大学院で「マニフェスト行政の未来〜その役割と課題〜」というテーマで講義を行いました。
この講義には、公共政策大学院の学生をはじめ、法学部、経済学部の学生や大学院生、教職員など約50名が出席しました。
T マニフェストの2側面―政治(正当性)と行政(効果性)
U マニフェスト(政治的な側面)の3機能
V マニフェストをめぐる政治課題
W 行政システムとしてのマニフェスト
X マニフェストの歴史的意味
Y マニフェスト行政の将来
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【T マニフェストの2側面―政治(正当性)と行政(効果性)】
マニフェストを題材にして、地方政治を考えるのが、本日の講義のテーマです。
マニフェストという言葉は2003年の流行語大賞でした。2003年の統一地方選挙が実質的なマニフェスト元年であると言ってよいでしょう。2003年から4年近くが経過し、来年また統一地方選を迎える。地方政治から始まり、国政でも広く受け入れられたマニフェストは今後どうなるのでしょうか。
私も2003年の選挙にマニフェストを掲げて当選した最初の首長の一人。4年間の経験も踏まえて、マニフェストが行政の現場で果たす役割と課題を皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
行政の現場でマニフェストが果たす役割は多様なものですが、これを考えるに当たっては、その政治的な側面と行政的な側面に分けることができます。政治と行政は、実際にはそれほど截然と分けることは難しいのですが、便宜上分けて考えることとします。
政治的な側面としては、マニフェストは政策の「民主的な正当性」を保障する道具として理解することができます。正当性が保障されるというのは、約束したことが実行できる、また実行することを承認してもらえるということであり、そのことが支持されるということです。したがって、そのための約束は曖昧であっては、正当性は生まれません。選挙中に約束を分かりやすく公表して選挙で選ばれることによって、正当性が生まれるわけです。
もう一つは、行政的な側面です。マニフェストを使うことにより、政策を効果的に実行することができるようになります。つまり、マニフェストは政策を実行する手続きやり方を保障してくれるという役割があります。
ところでこの政治的な側面についてですが、いま申し上げたマニフェストが保障する正当性というものは、民主主義の理論に関係します。
民主主義に関するリンカーンの言葉に、順不同でいいますがby the people, for the people, of the people というものがあります。by the people, for the peopleは意味が比較的分かりやすのですが、of the peopleは分かりにくい言葉です。私は、このofは人民の支持を得たという根拠をしめすもの、つまり、正当性を持っているという意味であると考えています。
マニフェストがマニフェストであるためには、まず、「目標」、「期限」そして「財源」を具体的に明示した(統一的な)政策体系であることが必要です。私のマニフェストにも、目標があり、期限が定められたものが多く、財源が明示されています。
また、それは、有権者、住民に提示され、選挙を通して有権者に認められたということが不可欠になります。このどちらが欠けてもマニフェストとは言えません。目標や期限が曖昧な、住みやすい町をつくります、道路をつくります、という以前の公約ではマニフェストに値しません。また、どれだけ具体的なものでも、前もって選挙で示され住民の判断を経ていないものもだめです。
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【U マニフェスト(政治的な側面)の3機能】
ところで、マニフェストによってなぜ正当性が生まれるのか、政治的な支持が生まれるのかを、マニフェストの機能を通して考えてみたいと思います。
マニフェストを掲げた選挙が行われることによって、第一に、有権者は候補者の政策内容を比較し、投票によって選択を行うことができるようになります。また、マニフェストを掲げて当選した政治家について、有権者は、その任期中に約束が果たされているのか、またどのように果たされたのかを随時チェックもできるようになります。
これによって、政治や行政に対する関心や参加が強まり、また住民による監視機能つまりデモクラシーの要素が加わるのです。
4年前の統一地方選挙以前は、このようなやり方はありませんでした。それまでは曖昧な公約が中心で、選挙が終わってしまうと、約束の内容が分からなくなってしまいました。それが、前回の選挙から大きく変わりました。以来、国政でもマニフェスト政治が広がってきていますが、日本においては地方のマニフェストが先行したということは記憶されるべきです。
第二に、マニフェストには、民主政治を活性化するという機能があります。マニフェストという明確な基準で政策の成果が評価されるため、住民の皆さんが色々な選挙を通して、候補者の政策や議論を比較の対象とします。また、これにより政治に関する議論が活発になり、政治が活性化します。
第三に、リーダーシップの強化が図られます。マニフェストによって約束をした以上、責任を果たす必要があります。そして、責任を果たすためにはリーダーシップが必要になります。
マックス・ウェーバーの「職業としての政治」という本の中には、「政治指導者の名誉は、自分の行為の責任を自分ひとりで負うところにある」と政治におけるいわゆる結果責任の重要性を指摘しています。
皆さんと私の違いは様々ですが、政治家であるかないかということに注目すると、私は政治的な責任、ある意味で結果的な責任を負っているという点で皆さんとは違うということになります。
現在、社会の価値観が非常に多様化しています。拝見していると皆さんの服装は実に色々ですし、職業や生活スタイルも多様になっています。また、厳しい財政状況の下で、今日の政治は、利益を分配するのではなく、不利益、つまり「痛み」を分配することも大きな役割になっています。
最近「不利益分配社会」という本が出ましたが、それには、現在の政治家に求められる技量は、市民の判断力を養いながら、不利益を分配していくことである、とまで書いてあります。まさに、リーダーシップの問題です。
さて、余談ですが、最近は新聞などでリーダーシップ論が盛んに論じられています。このリーダーシップの中心をなす権力というものが一体どこから来るのかという問題も、政治として興味ある問題です。権力は権力を持つ人から広がっていくのか、上から来るのか、それとも下から生じるのでしょうか。最近の考え方では、権力は、首相や首長から一方的に発するのではなく、色々な中心があって、その相互関係の中で生じてくるという考え方、そしてまた住民や議員の納得や支持という受け皿があって、はじめて人を動かす力=権力として働くことができるという考え方、いわば機能的な権力観という考え方が強いようです。
結局、強いリーダーシップを発揮するためには、十分な説明責任と有権者の支持という正当性が欠かせないということになり、この点からもマニフェストは有効ということになります。
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少し難しい話が続いたので、私のマニフェストと福井県について紹介します。
私のマニフェスト「福井元気宣言」は、「元気な産業」「元気な社会」「元気な県土」「元気な県政」の4つの柱でできています。4年前には、「元気」というような、俗っぽい言葉はまだ政治の言葉としては使われていませんでした。これをマニフェストに用いるかどうか迷ったものです。最近では、政治の場でもよく使われるようになっており、それなりに時代をつかまえていたのかなと感じています。
皆さんは、全国で一番失業率が低い地域はどこだか知っていますか。福井県の失業率は現在、2.4%で、日本一低くなっています。4年前には4%を超えており、求人倍率も1倍を下回って0.8倍でした。これを何とかしようと、15,000人の雇用創出とか5,000の新規創業など、数値目標を掲げて取り組んできました。景気の回復もありましたが、目標どおりの成果をあげることができました。
ところで、日本一の長生き県はどこでしょうか。沖縄県でしょうか、長野県でしょうか。福井県は男女とも平均寿命が全国2位。長野県は男性の寿命が日本一、沖縄県は女性が日本一です。長野県は女性も3位ですが、総合すると男女とも2位の福井県が日本一になると思います。
皆さんは旅行が好きですか。ある雑誌のアンケートでは、日本人は美味しいものを求めて旅行に行く人が一番多いということです。そして、旅行先で一番美味しいものに出会った県の第一位が福井県という結果が出ました。
今、福井県は色々な日本一を目指して施策を進めているところです。
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【V マニフェストをめぐる政治課題】
さて次にマニフェストを実施するうえでの政治的な課題についてお話をします。
第一点として、議会との関係が問題になります。マニフェストを掲げた選挙で当選した首長は、マニフェストについて住民の支持を得、それを実行する権限と責任を負うことになります。
一方、議会の議員も選挙で選ばれます。国の議員内閣制とはことなり、地方政治はいわゆる二元代表制をとっています。そうすると、首長がマニフェストの内容を実現しようとすると、議会からは勝手に政策を進めているという批判も出てくる。先程お話しした正当性の問題であり、議会とのコンフリクトという課題です。
通常は議会はマニフェストを掲げることはないのですが、議会がマニフェストを掲げて選挙を戦った例として岩手県があります。マニフェストを掲げた知事に対して、議会の会派が連携してマニフェストを掲げて選挙に臨んだのですが、この場合にはマニフェストの競合、競争という新しい問題が生じることになります。
現在はまだ、マニフェストを掲げている首長は少数派でありますが、これから数が増えてくると、知事と市町長のマニフェストの衝突や競合という問題も生じてきます。
また、首相や中央の政党と知事のマニフェストの競合なども出てくると思います。例えば、福井県は新幹線の建設を大きな目標としており、私もマニフェストに掲げているのですが、首相や政党のマニフェストには、残念ながら北陸新幹線のことは書かれていません。ここでは、マニフェストの空白が問題になります。新幹線は必要ないというのであれば、それも衝突です。
二点目には、現職と新人候補の情報の格差の問題があります。選挙に際しては、常に現職が有利ではないかという問題提起があります。このような課題に対応するために、マニフェストや政策情報の公開が求められています。自治体は、これまで以上に情報公開を進め、透明性の高い行政、政治を進めていくことが必要になります。
一方、最近では、この現職、新人の関係は変わりつつあるようです。3、4年前は、現職が有利という見方でしたが、最近ではそうでもないようです。新聞などでも、新人のほうが思い切ったマニフェストをつくりやすく、有利になるという議論もあります。また、現実の選挙でも現職が敗れる例がでています。
三点目は、マニフェストに示された政策上の論点の明確化という課題です。これは、マニフェストの基本に関わる永遠の課題ということもできます。
住民に身近な政策を実施する地方行政においては、北朝鮮の問題など、国政における外交問題や憲法改正問題などのような明確な論点は少ないものです。それゆえ、地方政治においては、選挙を通して主張、対立軸を明瞭化するということが大変重要になります。これは、今後マニフェスト政治を進める上での大きな技術的な課題になってくると思います。マニフェスト政治が成熟するための重要な問題で、これがうまくいかないと、マニフェスト政治は根付かないということにもなりかねません。
四点目に、マニフェストに基づく政治は、政策の進捗を折々に有権者に対して適切に報告し評価を受け、情報の共有をするというのが大きな課題になります。このような取組みを通して、分かりやすい政治、民意を尊重する政治というマニフェストの理念を生かしていく必要があります。
私は、昨年、知事になってから2年間が経過したことを契機に、住民アンケート、内部の指標評価、有識者による評価の3本柱による中間評価を行いました。住民や第三者を含んだ中間評価は、全国初の試みでした。
また、来年4月の選挙前に、県民に対して現在のマニフェストの成果について判断していただくため、3月末に行う最終報告に先立って、12月中に、現時点での状況を達成できたものもできなかったものも、できるだけ客観的に公表することにしています。
また、私はローカルマニフェスト推進首長連盟に加盟しており、毎年早稲田大学で行われる「マニフェスト検証大会」に参加して、大学の先生から第三者評価を受けています。今年は、岩手県と並んで88点と、まずまずの評価をいただきました。
最後に、責任あるマニフェスト政治のためには、地方分権がもっともっと進まないといけません。
知事や市町村長がマニフェストを掲げて頑張っても、財源や権限が国に集まっており、国でどんどん決まってしまうのでは甲斐がありません。何でも国に要望、要請をしなければ政策が進まないというのでは、約束もできなくなってしまいます。政策に責任が持てなくなるわけで、マニフェスト政治の値打ちがなくなってしまいます。マニフェスト政治を進めるためには、権限や税源を国から地方に移譲する地方分権が必要になるわけです。
最近、新聞に市町村や都道府県の色々な問題が報道されており、私自身大変残念に思っています。もう一度マニフェストの原点に戻って、自分たちのことは自分たちで決める、自分たちで行うという気概をもって分権を進めていきたいと思っています。
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【W 行政システムとしてのマニフェスト】
それでは次に、マニフェストの行政的な側面について話を進めたいと思います。先ほど、政治と行政を明確に区別することは難しいとお話ししました。政治と行政の関係については様々な見方があります。皆さんもご自分で是非研究を進めていただきたい問題です。
私が調べたところでは、例えば、アメリカの政治学者デービット・イーストンは、政治とは、「権威をもって行う価値の分配である。」と言いました。ここで価値というのは、単なる経済的な価値ではなく、ポストや名誉などの社会的に希少なものを含むのですが、政治とは、このような価値を権威をもって分配するものだと言っています。
また、行政については、これもアメリカのワルドーという学者が「現代行政の課題は、政治によって与えられた価値を効率的に実現することである。」と言っています。
これが正しいというのではなく、一つの参考として皆さん自身で考えてみてください。
さて、政治の舞台で作られたマニフェストを行政に適用し、政策を実現するためには、それを掲げるだけではもちろん不十分です。マニフェスト行政を進めるためには、マニフェストを中心に全体を動かす仕組み、力学を持ったシステムが重要になります。
この仕組みについては、政策実現の中核となるコア・システムと、その推進を円滑にするサブ・システムからなると考えると分かりやすいと思います。
例えば、福井県の例を挙げますと、「政策合意」というものがコア・システムになっています。これは、マニフェストに基づいて、毎年知事が部局長と具体的な目標を定めて約束をするという仕組みです。部局長はこの「政策合意」の目標を達成するため、様々な政策に取り組むことになります。
他県では、いつまでに何をするかを決めた工程表というシステムを使うことが多いようです。小泉内閣の「骨太の方針」に関連して、使われた言葉ですのでご存知の方も多いと思います。「政策合意」という仕組みは、福井県のオリジナルで、このような仕組みを使っているのは、今のところ福井県だけです。
ところで、「政策合意」は知事と部局長が結ぶものです。そこで、課長以下の職員はこの政策合意の内容を基に、目標管理表を作成し、目標の達成に努めています。
定めた目標は成果をチェックすることが大切になります。政策合意については知事と部局長が、目標管理については、職員と上司が年2回、達成状況を確認することにしています。
このようなコア・システムがスムーズに進み、質の高い政策が生み出されるためにあるのがサブ・システムです。
福井県には、まず、APDSと呼ばれる政策評価サイクルがあります。Aはアセスメントで分析、Pはプランで計画すること、Dはドゥーで実行、そしてSは評価です。通常はPDSといわれますが、福井県は計画の前にA、分析を付け加えて、計画する前に統計分析や調査を行って現状をしっかり把握することにしています。このような仕組みで、政策がきちんと進んでいるかを確認しながら事業を進めています。また、職員が庁内のインターネットに自由に政策提案をする仕組みや、BPRという業務改善運動を進めています。
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【X マニフェストの歴史的意味】
ところで、これからマニフェストの将来を考えてゆく場合、なぜこのようなマニフェスト行政が起こってきたのかを明らかにしておくことが必要です。そこには、3つの大きな原因があると思います。
まず、第一には、私自身も実感していることですが、財政の制約が厳しくなったこと。これまでは毎年経済が成長し、それに伴って予算も増え、事業も増えていきました。現在、このような状況は大きく変わりました。厳しく無駄を探し、効率的な事業、選択と集中が必要になりました。ここにマニフェストの必要性が出てきたと言えます。
第二に、先ほどもお話ししましたが、住民の価値観が多様化していることがあります。価値が多様であるからこそ、物事を明確にし、何をするかをしっかりと住民に示さなければなりません。ここでもマニフェストが求められることになります。
最後に、地方自治に特有の変化として、先の分権改革により機関委任事務が廃止されたことを付け加えておきたいと思います。平成12年の「地方分権一括法」により、機関委任事務が廃止されるまでは、首長は住民代表であるとともに、国の代理人として国の仕事を進めるという状態にありました。国の制約の下で仕事を進めていたわけです。
ところが、この機関委任事務の廃止が一つのきっかけになって、首長は、住民に正面から向かい合う、真の住民代表になりました。地方分権の進展ということです。それまでは、自由になる点は少なかったのですが、今や権限の移譲や三位一体の改革によって、国の束縛が小さくなってマニフェストが働くようになったわけです。マニフェストに政策を掲げ、住民と約束をすることが可能になりました。
一方でまた、現在政治的には中央集権を強めようという流れも出ており、注意しなければいけませんが、マニフェストと地方分権の関係、その必要性が理解できると思います。政治的な背景として重要な点であると思います。
このような新しい政治、行政の登場は、マニフェストが初めてではありません。社会経済状況の変化に応じる形でさまざまな試みが登場しています。このような状況を大きな歴史の中で理解するために、アメリカの行政の歴史を簡単に見てみたいと思います。
新しい行政、政治手法の登場の第一回目は、1930年代のニューディールの時期にあります。工業や農業の生産技術の発展によって、需要と供給のバランスが崩れ、経済恐慌が起こりました。その結果生じた大規模な失業問題や社会問題に対応するため、政府が多くの規制や社会政策など市場介入の政策を行うことになりました。
政府による大がかりな市場介入は史上初めてのことであり、このような介入は本当に効果があるのか、法的、経済、社会的に大きな議論となりました。この中で、事業評価とか政策評価という考え方も現れてきました。
二回目は1960年代です。この時期は、ベトナム戦争や公民権運動で分裂の危機にあったアメリカ社会を福祉政策で統合しようとした時代です。ジョンソン大統領は「偉大な社会政策」を掲げ、教育政策や雇用政策など、多くの社会介入政策を実施しました。
また、この時代には、大きな予算をつぎ込む政策をできるだけ、効率的、体系的につくるため、PPBS(Planning-Programming Budgeting System)という新しい仕組みが導入されました。しかし、すべての事業を体系的に計画に位置づけ、客観的に成果を図り、予算に結びつけるという壮大な試みは、残念ながら、精緻になりすぎ、膨大な作業を要求するものとなって成功したとはいえません。
最近においては、1980年代以降です。1980年代は、世界的な財政危機の時代です。財政危機を背景に、先進国の間では、福祉国家的な政策の積み重ねが、肥大化した非効率な政府をもたらしたという認識が広まりました。このような考え方の中で、1979年にサッチャー政権が、1981年にはレーガン政権が成立したことは広く指摘されています。
これまでの政府の政策は本当に政府がやるべきだったのか、民間に任せたほうがよりよく機能するのではないかという意味で政策の効果、成果が厳しく評価されることになりました。NPM(新公共経営)という考え方が広がり、民営化(Privatization)やPFI(Private Financial Initiative)などの民間活力の活用手法が考案されました。
国にはそれぞれ異なる歴史や社会的な条件がありますから、我が国には我が国のマニフェストや取り組みがあり、アメリカやイギリスと同じものにはなりませんが、歴史的に見ると、マニフェストというものも、思考的にはこのようなNPMの大きな流れの中に位置づけられるのではないかと考えています。
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【Y マニフェスト行政の将来】
いままでのお話をもとに将来に向けてのマニフェストの課題は何か、また、何を乗り越えていかなければならないのかを最後に考えてみたいと思います。
貴学の前学長であった佐々木毅先生は、「マニフェスト以前の問題」という新聞の論考で次のように書かれています。
まず最近、政治家が政策通になっており、いろいろな政策を出しますが、政党なり政治家がそれをいかに実行できるかが重要であるということです。そのためには、国民に分かるように課題を提起する仕方が重要になりますが、その工程、手続きをしっかりと管理できない政治家が増えているといっておられます。
マニフェストは政策を実現するための必要条件ではありますが、決して十分条件ではないとも述べておられます。
最近、様々な不祥事が報じられていますが、これらはマニフェスト以前の問題といえます。私自身も襟を正さなければならないと考えていますが、私は、「マニフェスト」は「マニフェス・ヒト」であると思います。つまり、政策を進めるマニフェストというシステムとそのシステムを動かす人が表裏一体となってはじめて政治、行政が正しく機能するものなのです。
次に、マニフェスト自体の制約についていくつかお話しします。まず、マニフェストで4年間の約束をしても、時代の変化や新しい課題の登場によってマニフェストでは対応できない事柄が次々に起こるということです。福井県では、例えば、2年前の原子力発電所の事故や豪雨による水害、昨年の雪害また、本年の北朝鮮によるミサイルの発射など思わぬことが次々に起こりました。
しかし、考えてみると政治というものは常に思わぬ出来事に対処するもので、自ら企て、思うことを実行するという部分は実はそれほど多くないものです。
このような新しい課題に対応するために、福井県では先ほどお話しした「政策合意」を活用し、また、新たに対応すべき分野ごとに個別分野の計画を策定するなどの手法を活用して、システムを補っているというのが実情です。
最後になりますが、マニフェストは4年間という短期的な目標を定めるものです。そこで福井県では長期的なビジョンとして、25年後の福井県を見通して、県庁の若手の職員と一緒に「ふくい2030年の姿」というものをまとめました。福井県の将来を見つめながら4年間の目標に取り組むことが大切であると考えています。
現在でも議会などには、長期計画をつくるべきであるという意見もあります。しかし、社会の変化が激しく、また財政事情も厳しい現状では、長期的な計画をつくることはなかなか困難です。国も以前は、3全総、4全総などの計画を作っていましたが、今では作ることを止めています。先進国でも作らないようです。
福井県でも長期計画は策定していません。その代りに、「ふくい2030年の姿」のようなビジョンを作り、それを念頭に置き、将来像を描きながらマニフェストの政策を実行に移し、短期の成果を挙げているわけです。しかし政治スパンの短期と長期の関係は課題の一つだと思います。
本日は有難うございました。
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