岡倉天心「茶の本」出版100周年
記念座談会での知事発言要旨

 このページは、平成18年10月19日(月)大本山永平寺で開催された、岡倉天心「茶の本」出版100周年記念座談会での知事発言要旨をまとめたものです。


◇パネリスト
 天野鐵心(大本山永平寺後堂)
 岡倉登志(大東文化大学教授)
 西川一誠(福井県知事)  
◇コーディネーター
 新井恵美子(作家)

<茶の本への思い> 

 コーディネーターから、「茶の本」に対する思いや福井県の行政について発言を求められる。

【天野後堂】
 仏教には「一即一切、一切一即」という教えがありますが、これは、お茶やお粥を頂くといった一つ一つのことが全宇宙とつながっているという意味です。こうした東洋の根底にある思想が形になって現れたのが「茶の本」だと思います。
 事をなす際には、喜悦の心(喜心)、親が子や孫を真心から慈しむ心(大心)、選り好みをしない心(老心)の三心を忘れずに、今日やるべきことを一歩一歩堅実に行うことが重要です。

【岡倉教授】
 天心が「茶の本」を書いた根底には、欧米人が日本を野蛮国と見ていることに対する反発がありました。
 ニューヨークで英文で出版された「茶の本」が長年日本語訳されなかった理由は、翻訳にあたっては西洋と東洋の両文明を時間的にも空間的にも広く深く知っている必要があったためだと思います。

【西川知事】
 「茶の本」は私が学生時代に日本人が読む100冊の本の中に入っていたと思います。それくらいは読まなければいけないと思い読もうとしたのですが、2回ほど途中でやめました。正直言ってよく分からなかったのです。そして最近こういう仕事をして、改めてもう一度トライしました。今度は読めるようになりました。これは最後までともかく読んでしまおうというつもりでしたので、早読みをしますと1時間ぐらいです。本当は良くないのですが、大事なことはとにかく読んでしまうことだと思って読みました。それがきっかけです。天心先生が福井の方であるという気持ちが私の心の中に強くありまして、なんとかして努力し、読み切ろうということで読みました。

 さて、今回この「茶の本」を福井県で購入いたしました。初版本です。100年前に英語で書かれ、ニューヨークで発刊されました。今、そんなものが本当にあるのだろうかと言いましたら、職員が皆「そんなものはありませんよ、あるとしたらものすごく高いですから」と言っていたのです。しかし、「ともかく天心先生にならって行動力を発揮して、一度世界をくまなく探してみて欲しい」と。そうしたらありました。値段はそんなに高くないのです。東洋の理想と日本の覚醒の3部作を合わせて購入しました。茶の本の初版を開きますと、一番後ろにニューヨークの女性の名前が書いてあり、出版されて2〜3年後に購入しておられるようです。これは私の本であると鉛筆で書いてありまして、本とは沢山の人に読まれ伝えられて、僕達の時代につながって来るのだと改めて感じました。

 なぜこういうことを皆さんと進めているかですが、やはり子供たちのために、郷土の偉人である天心先生の偉大な業績、素晴らしさを分かって欲しいというのが私の願いです。福井県民が「自信」あるいは「誇り」を持つことが究極の目的ですので、それを目指して購入したのです。また、県では「福井いろは」カルタを作っておりますが、「英語で 茶の本 岡倉天心」、これが「え」のカルタにあります。

 今日は大人の方ばかりですから、大人にも「茶の本」が力を与えてくれるのかということですが、それはやはり良いのです。いま御垂示をいただいた106歳の宮崎禅師から比べますと、皆さんも私も含めてまだほんの子供です。やはり子供の気持ちでこれから更に勉強して少しでも良くなろう、福井を少しでも良くしようという気持ちで考える時に、「茶の本」は人々にとっても有益で良い本だと思っております。

 岡倉天心の言葉はなんとも力強い、文章に情熱がある。最近そういう本はほとんどありません。こういう力強い文章は、中身は分からなくても読んだだけで気持ちが良いものです。

 特にその中で私が一番印象に残った言葉は「この世の全ての良い物と同じく、茶の普及もまた反対にあった」というものです。お茶とか芸術とかと全く関係がありません。お茶は身体に悪いのではないか、女の人がいただくと美しくなくなるのではないかとか、イギリスでも紅茶などは反対をされて、なかなか普及しませんでした。それが粘り強く皆さんが普及をされてすばらしい勢いで広まり、今日のお茶、日本の茶道があるわけです。反対にあうから良い事とはまた言えないのですが、良い事は反対にあうらしいですので、これは何か行政に少し役立つと思いまして読ませていただきました。

<国際性について>

 コーディネーターから、国際性を子供たちに普及していくことでの天心との係わり合いについて発言を求められる。


【岡倉教授】
 国際社会では異文化理解が重要で、東西文化の融合がフランスの作家ロマン・ローランやインドの詩人タゴールによって唱えられましたが、日本においては天心がまさに先駆者でした。

【西川知事】
 先ほども若干申し上げましたが、この本は子供たちにはちょっと難しいですから、今回子供向け「茶の本」を作りまして、学校で教えていただくようにしています。それには茶道、宗教などの話もありますが、英語と日本語の翻訳の一部も比較して書いてあります。

 天心の素晴らしさは言葉です。言語の力があると思います。これは一つは英語のパワーですが、これは国際化と言いますか、天心が社会に向っていろいろな考えを述べ、行動した原動力になっていると思います。忘れてはならない事は、この英語だけではなく、岡倉天心は若い時に漢学・漢文の両方を勉強しておられると思います。漢文にもはいろいろとありますが、総じて寛容と言うか、広い精神を感ずる言葉です。天心の行動を見ますと国際性、あるいは英語を駆使してあらゆる事を訴えると同時に、その中に心の広さ、懐の広さをいろいろな所に感じられるのは、やはり漢学の素養がおありになったからではないかと思います。

 もう一つは、言葉の力を使って行動をされたということです。行動力です。良いと思った事を実行されたのは非常に素晴らしい事でありまして、なかなか普通の人にはできない事だと思っています。その行動の中で特に大事なのは教育力です。自分のために行動したのではなく、誰かを良くしてあげようという教育力の力がそこに発揮されると思います。以前NHKの番組で晩年の横山大観先生のインタビューを見たことがあります。アナウンサーが「天心先生は大観先生にどんな事を教えられました?」と聞くのですが、あまり細かいことはおっしゃらなかった。大きな事しか言わない。しかし天心先生は立派な素晴らしい先生だったと言うわけです。別のところで聞いたことがありますが、菱田春草先生には細かく技術を教えられたということです。やはりその人に合わせて教育をされたという方だと私は思うのです。

 ですから人に奉仕をするという素晴らしい教育力を含んだ行動力また言語の力が天心の素晴らしさですので、このことを福井の子供たちにもっと知ってもらいたいし、自分でも実行してほしい。私はこのように思っていまして「茶の本」を普及したいと考えています。

<未来について> 

 コーディネーターから、未来に向けて岡倉天心をどのように活かしていくかについて発言を求められる。


【西川知事】
 未来のことは全てが分かるわけではありません(笑)。いずれにしてもこれからグローバルな時代です。しかし我々の福井県という自分達が住んでいるこの地域から出発して、いろいろな事を考えていこうと思います。その場合には心の問題あるいは精神が重要な時代だと思いますので、そういう気持ちで教育やあるいは政治をしなければならないという考えをもっています。そして一番大事な事は、こういう時代だからこそ内にこもらないで、外向きですね。これは天心先生が一番重要視した点だと思います。内を大事にしながら外へ向いて、行動力を発揮することだと思います。こういう時代に「茶の本」は非常に素晴らしい、我々に教えてくれる本ではないかという気持ちをいつも抱いております。

 また例えば、皆さんは畳の上に今正座をされています。女性の方は特にお疲れです。これは数千年前は東洋のスタイルでしたが、今そんな事をする国は日本だけです。これはお茶と同様に純粋な形になって日本に残っているものです。しかし、日本の独自性を偏重していてもいけない。東洋と西洋、総合的に考えよというのが天心の考えだと思います。

【新井氏】
 天心は「本当の芸術は古くならない」と言っています。私は、岡倉天心自身もまた、100年たった今でも新鮮な輝きを放っているように思います。なぜなら、「茶の本」を通して、読者に応じた教訓を与えてくれるからです。是非、皆様もお読みいただきたいと思います。
 本日はどうもありがとうございました。