新永平寺町誕生記念式典あいさつ

 このページは、平成18年6月11日(日)に永平寺緑の村ふれあいセンターで行われた新永平寺町誕生記念式典でのあいさつをまとめたものです。


 みなさんおはようございます。ご紹介をいただきました西川でございます。
 今日は、新永平寺町の誕生記念式典、まことにおめでとうございます。皆様と共に心からお祝いを申し上げます。

 この2月13日に合併をされたところですが、合併に当たりましては、松岡町、永平寺町、上志比村それぞれの町長、村長の皆様、また、議会の皆様方、各種団体の皆様方、合併のためにご協議をいただいた多くの皆様、そして本日ご参加の地域の皆さんの大所高所に立ったご判断が、今回の新永平寺町の合併になったものと思います。
 それぞれいろいろなお立場があり、また、お考えの違いがあったものと思いますが、そうしたことを乗り越えられての今回の大きなご判断でして、皆様方のご決断に対しまして心から感謝と敬意を申し上げます。

 ただいま、総務大臣代理の望月課長からも挨拶がございましたが、今回の平成の合併は地方分権、地方の自己責任、あるいは自己決定という大きな理念の下での合併でした。この理念を我々が力を合わせて育てることが重要です。一方で最近の国の状況を見ますと、中央集権の動きも出ないとも限らないわけですので、新しい合併の理念の下で、新しい市町、県が力を合わせて、地方分権を力強く、これからの10年、20年に向けて進める必要があると思っています。

 皆さんは永平寺という誠に長い歴史と伝統、由緒のある名前を引き続き町名に継承されての新町の誕生です。ご当地は、九頭竜川の清流や永平寺、そして来年即位1500年を迎えられます継体天皇、そうした時代の古墳群をはじめ歴史のある地域です。また、福井大学医学部、県立大学、そしてユニークな専門教育機関も揃った地域でもあり、この地域資源を生かして旧3町村が1つの町として力を合わせて取り組むことが非常に重要なことです。

 今回の平成の合併については、いろいろな考えがあります。全国的には大都市同士の合併もありましたが、やはり基本の理念は、規模は大きくないが、それぞれ特色を持った地域が力を合わせて、一定規模の町をつくる。そして一つひとつの町村ではできないことを新しい町が行い、それが住民の皆様の幸福、さらには将来の発展につながるということだと思います。この新永平寺町は文字どおりそのモデルとなる地域ではないかと思います。

 今、ご当地は中部縦貫自動車道の整備も進めております。こうした大きな国家プロジェクト、また福井県にとって大事な道路の事業等につきましても、大きな立場で県と一緒に仕事を進めていただくことが重要かと思います。また、観光あるいは産業の振興など、いろいろな課題がこれから出てくると思います。
 先日、合併後の新しい市長や町長の皆さんと私とで、これからのそれぞれの地域の大きな課題について、対等の立場で、責任を持って、どのように進めていくのが良いのかという趣旨の集まりも行ったところです。そうした考え方の下に、皆様と共にこの新永平寺町の発展を心から願うものです。

 私は越前町(旧丹生郡朝日町)の出身ですが、先日、昔の日記を見ておりましたら、昭和30年代の昭和の合併の頃の日記が出てきました。私はまだ小学2、3年生だったと思います。新しい朝日町ができたので、みんなで祝賀行列をしたということが書いてありました。
 今日は永平寺町の児童や生徒の皆さんも朝早くから出席していただいております。この合併そして地方分権やまちづくりは、未来を託す子どもたちのためのものでなければならないと思います。皆様方にはどうか力を合わせていただき、自らのため、そして将来の子どもたちのため、立派な町をつくっていただき、これからの50年、100年に向けての大計を進めていただければ、幸いでございます。

 簡単ではございますが、所感の一端を申し上げまして、新永平寺町のご発展、そして本日ご出席の皆様の合併に当たってのご努力を心から感謝申し上げますとともに、皆様のご活躍を心からご祈念申し上げまして、祝辞に代えさせていただきます。おめでとうございました。