「ふくい暮らし」を楽しんでいる、先輩たちの声です

薪窯で天然の焼き物を作りたいという思いが、暮らしぶりにも生かされて。北永敬一さん(Iターン)

北永敬一さん 若くしてアメリカでレストラン経営していたという東京都出身の北永さんは、30歳を過ぎた頃に日本に帰国しました。アメリカ文化にどっぷり浸かっていた反面、自国文化について何も語れない自分を見つめ直そうと、茶道や華道、そしていつしか陶芸の道に目覚めたといいます。窯元の勉強会で本県を訪れたのがきっかけとなり、福井で経験を積むことになったといいます。
焼き物に携わる者にとって、設備も住まいも整っていた越前町は、県外から来る人間にとっては温かな受け皿でした。こうして陶芸の道を極めていくほどに、北永さんにある思いが強くなりました。「自分の窯を持つ。窯元になりたいと。」

「自分で窯を持つなら“薪窯”と決めていました。自然の灰がかかったりすることで出せる天然の素朴さはやはり、薪窯でないと出せないからです。薪窯を自由に使える場所、北永さんの適地探しが始まりました。そんな中、焼き物を通じた友人の伯父さんが池田町出身だったことともあり、この土地が住むにも窯づくりをするにも適していることがわかってきました。「ここに住むにあたっては、色んな人に助けられた。窯づくりにしても、万が一のことがあっても、大事には至らないだろうということで、近所の方々が理解してくれた。この家を丁寧に扱っているのも恩返しのつもりです」と、その時の感激を語ってくれました。
旧家を改装したお住まいを訪問した私たちをまるで親しい友人のように迎えてくれた北永夫妻、囲炉裏のある居間に案内されました。街中では中々お目にかかれない囲炉裏も、ここでは在るべくしてあったかのようです。「最初来たときは掘りごたつだったのですよ。それを改造して作ったのです」と、何ともあっさりと笑顔で返され呆気にとられました。これだけでも大変な労力だったに違いないのに。そんな話しで盛り上がっていると、奥様から手作りのお茶と茶菓子をいただきました。

「越前町在住の時に知り合った奥様と結婚してすぐに池田町へ引っ越してきました。」と北永さん。「引っ越してきた頃は、家をきちんとすることに忙しくて」という奥様も今では、近所のおばあちゃんの郷土料理が美味しいらしく、どうしても真似をしてみたいと現在研究中とのことです。野菜なども近所からいただくものがほとんど、畑仕事をするのが楽しいという奥様は、自然派志向です。なるほど、北永さんとの呼吸もピッタリな訳です。奥様の料理もご近所に配ったりして、少しずつお世話になった方々へ恩返しをしているのだとか。「月に一度の集会をはじめ、色々と近所の皆さんと話しをする機会も多いです」。そうこうしているうちに自然と地域に溶け込めたのだと言う。住民との繋がりが強く、困ったことでも人脈のネットワークが助けてくれるのだそうです。インターネットでは繋がらない絆で独特なネットワークを生み出しているのだと感じました。

引っ越しや住まいの手直しの忙しさから一段落したお二人に、あらためてこの町に暮らしてみての感想を伺いました。「ここへ遊びに来てくれる方々は、皆良いところだと言っています。」と微笑むお二人だが、冬景色がたまらなく綺麗で待ち遠しいのだとか。春は山菜採り、海も近く山もあり、人が良くなる要素がたくさんあると心から満喫しているのが伝わってきます。
「ここに居る人は当たり前になっているが、地元の人が地元の良さに気付いていない。県外から来たものが掘り起こして、逆に地元の方々に喜んでもらえたら。」そんな思いも手伝って着実に北永さんの夢に近づいています。「予算の関係もありますが近いうちに窯を作る。」また、知人に山に連れて行ってもらったりして、陶芸の材料も色々探しているとのこと。せっかく豊かな自然がすぐ側にあるのだから福井にあるもので作ってみたいという北永さん。「その土地を愛しい、楽しいと思えたら素晴らしい。そう思えたら、ずっと住み続けていけると思う」と、ふくいへ新たに移住される方々へ力強いアドバイスをいただきました。