岡倉天心生誕150周年記念
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天心の著作
「茶の本」
(1906年 明治39年 ニューヨークで出版)


岡倉天心茶の本天心は「茶の本」を通じて、日本文明の本質は武士道という「死の術」にあるのではなく、お茶という「生の術」にあると説き、日本独特の日常生活における自然と芸術の調和を、茶道を通じて広く世界に広めた。
当時は明治政府の欧化政策により、日本文化を軽視する風潮が自国内で強まっていたにも関わらず、真の国際的な観点から自国の文化を客観的に評価し、世界にその良さを発信した点に意義がある。

また、物質文化を超える精神文化、人知を超える自然摂理を日々の暮らしのうちに認識し実践することを唱えた。茶の道においては、日々の生活の中に美しい自然を配置し、その変化や空間的配置の妙を興じることそのものが自分の喜びであり、生活そのものである。自然と人間が対等に相互に影響しあい共存している点において、人間も生態系の一員に取り込まれているといえ、人間生活と自然との調和・共存を目指すエコロジー的なものである。

当時、日本に急速な勢いで広まり始めていた、人間が自然を管理、支配、開発する近代西欧型文明とは対極をなすものであり、今日のエコロジー的生き方の先駆けとなったといえる。

「東洋の理想」
(1903年 明治36年 ロンドンで出版)


岡倉天心東洋の思想アメリカのルーズベルト大統領が一晩で本書を読み、翌日天心に「実に面白かった」との感想文を送ったという。
この本は、古代インドから中国を経て日本に至る東洋文明発展の流れを美術の歴史を中心にしてたどり、日本も含めた東洋文明全体に共通する原理を要約している。

アジアの人間に自分達の文明に自覚と自身を持ち連帯することを呼びかけており、第二次世界大戦時には、「Asia is one(アジアは1つ)」の冒頭のフレーズが日本軍のプロパガンダとして利用され、天心の思想も歪曲して伝えられた。

「日本の覚醒」
(1904年 明治37年 ニューヨークで出版)


岡倉天心日本の覚醒日本も含めたアジアの国々が欧米に比べ沈滞してきた状況を「アジアの夜」と表現し、政治、宗教などの観点から歴史的に検証しながら、近代の日本の覚醒は西洋からもたらされたのではなく、古学・陽明学・国学など国内の諸学派の思想活動によりもたらされたとしている。
日露戦争が現実となってから、黄禍よりも白禍を唱え、天心の第二の祖国とも言うべきアメリカ、当時同盟関係を結んでいたイギリスに日本の立場をアピールする目的で書かれたといわれている。