岡倉天心生誕150周年記念
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天高く そびえ立ちたる 天心像
「てん」 天高く そびえ立ちたる 天心像 
〜 福井市中央公園の岡倉天心像 〜


岡倉天心像福井城跡に隣接する福井市中央公園の一角に岡倉天心像がある。
高さ6mにも及ぶ巨大な銅像である。台字は、天心と親交のあった清水寺貫主(当時)の大西良慶氏によるものである(同氏は日本初の五つ子の名付け親としても有名)。

製作にあたったのは、天心の弟子である平櫛田中(ひらぐしでんちゅう)氏に師事していた彫刻家の伊藤礼太郎氏。製作中は他の仕事の一切を中断して全力で製作にあたる熱の入れようであった。
五浦釣人(ごほちょうじん)が晩年の天心をモチーフにしたのに対し、中央公園の天心像は意気盛んな41歳の天心をモデルとしている。右手を袂に入れ、左手を帯上に堂々とした和服姿の天心は、まさに世界を見るようなまなざしである。彼はこの姿でアメリカのニューヨークを胸を張って闊歩(かっぽ)したのである。
(注) ニューヨークで五所紋つきの羽織にはかま着用、黒足袋、せった履きという姿で路上を歩いていた岡倉天心、横山大観、菱田春草、六角紫水の4人。ニューヨークの青年から「おまえはどっちのニーズか?ジャパニーズかそれともチャイニーズか」と無遠慮に問われた際、「君達こそ、どんなキーか?ヤンキーかモンキーか、それともドンキー(ロバ)か?」とやり返したエピソードがある。
昭和57年11月9日の除幕式に先立ち、米国ボストン美術館のジャン・ホンティン館長から「哲学者、美術史家、世界人たる彼の理念は、西洋を東洋の理想に目覚めさせました」との手紙が届いた。天心像の台座右手には、このメッセージを刻み込んだ碑が設けられている。

岡倉天心碑文
【碑文】
この優雅な天心像の前では、毎年岡倉天心顕彰会が顕彰祭を開催している。天心の特に好んだ水仙を献花し、時には公園で野立てを行いながら、天心の理想・東洋の美に思いをはせるのである。

なお、福井県内には福井県立美術館に、雨田光平作の「天心胸像」。福井市文化会館正面フロアには平櫛田中作の「天心胸像」がある。